偉大なる落し物/アリスの右足
04

 拝啓

 寒気ことのほか厳しく、いかがお過ごしでしょうか。
 こちらも寒いのですから、海の近くであるそちらはもっと寒いのでしょうね。今朝も随分と冷え込みました。凍えた手を擦るあなたが目に浮かぶようです。
 海辺での暮らしとはどのようなものなのでしょうか。海を見たのは船に乗ったあの時きりですから、記憶を頼りに想像するしかありません。あなたの姿を切り貼りして、記憶の中の海の景色に重ねてみる始末です。
 さて、先日頂いたお手紙について書かなければいけません。あなたからのお手紙を受け取りましたのはちょうど一週間前のことです。その間、幾度となく読み返しましたが、正直に申し上げますと、とても嬉しかったです。長い文章と文章との間に、あなたのお強いお気持ちが込められていて、それは私にしっかりと伝わってまいりました。たとえ世間の人々が虚言だと貶したとしても、私はあなたのお心を信じております。
 ですから私と一緒になりたいとおっしゃってくれたことも、お約束のことも、すべて本当なのでしょう。一週間考えました。母にも、兄にも、誰にも相談しておりません。
 お手紙に書かれていた件、お断りしようと思います。
 私があなたと一緒になれば、きっと母は泣くでしょう。兄は嘆くでしょう。私たちを見て、陰で笑う人もいるでしょう。瑣末なこととお思いになられるかもしれません。私も頭のどこかでは、同じように思っているところがあるのです。けれども、家族を気の毒に思う私もいるのです。私たちはきっとほとんどの人から祝福されないでしょう。そうすると私は母たちにも、あなたにも申し訳なく思うのです。臆病者と罵ってくださってかまいません。私は、出来ることなら、誰も悲しませずにお嫁に行きたいのです。皆に祝福されながら生きてゆきたいのです。人から笑われるのは私一人で十分でしょう。
 あなたと一緒になったあとの暮らしは、きっと幸せなのでしょう。前にあなたが話してくださった外国のことを思い出します。珍しい絵や、本も見せて頂きました。この国では育たないという美しい花の種もありましたね。あなたが私に教えてくださったのは、魔法のようなことばかりでした。
 あなたとならきっと幸せになれます。私はそう確信しております。けれども、その幸せは私の肉親の悲しみの上に成り立ってしまうのです。私はどうしてもそれに耐えられません。ごめんなさい。あなたの優しさが込められたお手紙に、このようなお返事を書くことをお許しください。
 最後に、あなたからのお手紙、本当に嬉しかったことをもう一度お伝えしておきます。
 遠くからですが、あなたのご健康をお祈り申し上げます。 

                                                                       敬具

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